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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART23

PART23は、店主が入院中出会ったDiploを道案内にゲットーベースという辺境に分け入った2006年秋?冬をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

今日リワインドするのは2006年秋、俺が入院中Diploにヤラれまくるところからです。

Diploの名前を最初に知ったのは月並みだがM.I.A.の1stだ。例の「Bucky Done Gun」ね。

M.I.A.のアルバムを聴いたのも入院中。AGOくんが差し入れてくれた文化デリックの『ポップ・カルチャー年鑑』の中で絶賛されてたから。で、すぐに「Bucky Done Gun」が耳に止まった。てか聴き覚えがあった。2005年かかりまくってたからね。

だから、バイレファンキ(バイリファンキ、ファンキとも)というブラジル発のクラブミュージックを知ったのもその時だ。で、どうやらそのファンキを世界的に広めたDJがDiploらしいということも分かった。

まぁいまの件には諸説あって、たとえば日本ではスマーフ男組のコンピューマが何と2001年に田島貴男のラジオ番組『バースト!』の中でファンキを紹介している。だが、その頃日本でファンキが局地的にでも流行ったなんて話は聞いたことがない。

M.I.A.のアルバムと同じ頃(2005年春)にドイツのエッセイというレーベルから出たファンキの定番コンピ『Rio Baile Funk』はどうか。M.I.A.のブレイクに便乗して発売したわけではなさそうだが、「Bucky Done Gun」のシングルでのリリースは1月。ブレイクは予想できたかもしれない。

>それより先、2004年にUKのミスターボンゴというレーベルから出たコンピ『Slum Dunk Presents Funk Carioca』には、M.I.A.「Bucky Done Gun」の元ネタになったDeize Tigrona「Injeçao」が収録されている。

いずれにしてもM.I.A.はDiploの作品やDJを聴いて「Backy Done Gun」のプロデュースを発注し、結果この曲がバイレファンキという辺境音楽を満天下に知らしめる役割を果たしたわけだから、Diplo布教説が最有力かと。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART22

PART22は、店主が1年間の休業を経てDJに復帰した直後、見たことも聞いたこともない難病に罹り入院する急転直下の2006年をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

ゆうべはプラネットカフェでたくさんのDJの方から、ここ読んでるよと声をかけて頂きました。こんな与太話にお付き合い頂き本当にありがたいことです。

その中で、ここは浜松クラブ史という側面も兼ねていることを改めて思い出させてもらった。だが、所詮俺目線ではどうしても欠落してる部分があるわけで、例えば2000年にクローズしたクラブ「チョイス」なんかがそう。

「チョイス」は、浜松のクラブ黎明期から「City Cafe」などで活動したDJのシンムラくんが1996年に立ち上げた店だが、俺は2回ほど貸切パーティーでプレイしたのみの基本客だったので、この店について多くを語ることができない。

俺がフォローさせてもらってるDJではMATVさん、DJ310、MASAOMIくんあたりが呟き始めてくれるとおもろいのになぁ。あと、ツイッター外ではTURUさんとか。

2004年春に有楽街にオープンしてあっという間にクローズした「STUDIO 1981」にも俺は参加していない。お話を聞かせていただく機会はありましたが。グランドオープンのテイさんには普通に客として遊びに行った。

あとは、マメちゃんの「Trenchtown Cafe」か。こっちも遊びにしか行ってないな。マメちゃんのお別れパーティーが「Cross Over Club」であった時は直前に知ったんだ。顔が出せてよかった。

「ハンボルト」も客でしか行ってない。俺目線の浜松クラブ史で大きく抜け落ちてるのはそのへんかな。けっこう虫食い、どころが穴ぼこだらけの年表だな。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART21

PART21は、UKガラージと決別した後、2005年にDJを休業するまでの店主のパーティー遍歴を一気にリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

2002年のパーティー納め(カウントダウンは除く)は市川藍ちゃんの県内2daysだった。手元に資料が残ってないので開催日は不明だが、2002年の12月に週末静岡「Boom Boom Bush」、平日浜松「Second」で飛び石2連チャンのパーティーがあった。ちょうど藍ちゃんがサードシングル「Q-TEE」をリリースした後で、全国のクラブをサーキットしたんじゃないかな。

静岡のパーティーは当時「Clear...?」というドラムンベースのパーティーをオーガナイズしていたKENくんが仕切ることになった。俺もDJで参加した。OKI-CHUもいた。「Clear...?」名での開催ではなかったかもしれない。

>開催日わかります? RT @okichu:「Moving up」ってイベント名でしたよ。

>ストーカーのおかげでこっちは2002年12月9日(月)と判明。 RT @osugxxx: 発掘

>あ、2日連チャンだったんだ。完全な記憶違い。歴史が間違って伝わるところでした。RT @okichu 12/8(日)で出演はoki-2step,em&negligee,ken,kohshi(現コブラ),kuwagata mcでした。

藍ちゃんは自分の曲の他にMonica「Before You Walk Out Of My Life」をカヴァーで歌った。言うまでもなく俺のテーマ曲だwライヴ後そのことを伝えるとスゴく嬉しそうだった。「んじゃ、浜松でも歌いますわ!」と約束してくれた。

浜松は「ガラゼミ」枠で無料開催し、OSUGEEEにパーティーを仕切らせた。平日だが50人近いお客さんが集まってくれた。失礼にあたるのだろうが、やはりMonicaの歌が出色だった。歌手に対してこれも失礼な言い方だがR&Bを歌わせると抜群に歌がうまかった。

この後藍ちゃんは地元の大阪でeraguruさんの「Jumpin' Jumpin' vol.9 -X'mas Special-」にも出演している。こちらの資料は残っていて開催日は12月21日(土)、会場は「TOCCA a TE」。ここでもMonicaを歌ったのかな。

zookie_xlntz: 名古屋もやってますね。けど、GARAGEEEじゃなかったはず。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART20

PART20は、前回に引き続き2002年7月の京都「ワールド」が舞台。遂に店主がUKガラージと決別する決定的瞬間をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

今日のバカサガはもったいつけずにサクサクっと行きます。リワイドするのは2002年7月、場所は京都のクラブ「ワールド」。

いつものクールな表情でブースに入った森さんはおもむろに4つ打ちをプレイし始めた。同じ4つ打ちでもスピガラやフォーツーとは違う、ファットでディケイの長いキック。明らかにハウスビートだった。

だが、森さんがプレイするハウスは、俺がいままで聴いてきたUSやUKのハウスとは微妙に質感が違っていた。

ファンキーハウス。初めて聴く言葉だった。森さんいわく「2step/UKガラージ」を通過したハウスの新しい潮流。俺のつたないボキャブラリーではうまく表現できないので、その夜のハイライトになったファンキーハウスの代表曲を聴いてもらおう。

てか、コレはファンキーハウスの枠にとどまらない2000年代最大級のクラブアンセムですね。Tim Deluxe「It Just Wont Do」(2002年)

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART19

PART19は、店主がある覚悟を胸にajapaiこと森さんに会うため京都行きの電車に乗り込んだ2002年7月をリワインドします。ちょっと無駄話多め(汗)。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

2002年夏、UKガラージの主流を占めるダークでイルなトラックの数々は、DJ耳にはまだまだ十分刺激的に響いていた。

だが、オーガナイザー耳で聴いた場合は完全にNGだった。先鋭的かもしれないが暴力的で殺伐としすぎてきた。ポジティヴなパーティーヴァイブというものがそっくり抜け落ちていた。

存続の危機にさらされていた森さんと俺たちのUKガラージパーティー「アフロディテ」は、K-MIXさんのおかげで大スポンサーがつき、DJ陣も必死で小口のスポンサーをかき集めた甲斐あってリヴェンジのチャンスが巡って来た。

次のパーティーにはUKガラージ初体験のお客さんも大勢来るだろう。そこに最先端のエグいトラックを集中投下してお客さんをドン引きさせたら、スポンサーやK-MIXさんの顔に泥を塗ることになる。俺はこの時オーガナイザーとしてビビりまくっていた。

いずれにしても、レジデントDJである森さんと一度話し合う必要がありそうだった。できればメールや電話ではなく直接会って話したかった。

その機会は森さんの粋な計らいによってすぐ訪れた。7月20日(土)京都のクラブ「ワールド」。森さんがレジデントを務めるパーティー「ナイス&イージー」のフロントDJとしてドリーム兄弟にお声がかかったのだ。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART18

PART18は、日本じゅうが日韓共催ワールドカップに沸いた2002年6月、2勝1分で見事グループを突破した日本代表とは裏腹に、まさかのパーティー3連敗で店主がDJ/オーガナイザーとして存亡の危機に立たされたあの忌まわしい梅雨をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

さて、話を2002年にリワインドします。今日中にどんだけ呟けるかな。とりあえず、頭出しするのはeraguruさんからもらった当時のパティーインフォ最後のページ(涙)、2002年春。

2002年4月12日(金)、大津MOVEで「Steppers Delight vol.4」が行われている。今回はインターヴァルが縮まったね。TANNY-Dさんはじめ地元クルーだけでの開催だった模様。

同じ日、名古屋栄のJB’Sでは「Garageee:set one」があった。これは行ってないかな。Vol.○○がset○○に変わってるのは何でだろう?この時、後の「dual beat」につながるフォームチェンジなどがあったのだろうか?

AGOxlntz @djnegligee もうしわけないくらい覚えてないですけど、set oneはDJ全員が出るんじゃなく、4人づつ交代で出演するスタイルに変えたんだっけな? 金田さんをフィーチャーしたり、BREAKS寄りだったり、もうUKGをことさら唱わなくなってきた頃ですね。

5月17日(金)には「Jumpin'Jumpin' vol.6」が大阪アメ村AtlantiQsであった。この時ライヴやってるescapadeってのが気になる。インフォによると、女性シンガーに2MCと2DJが絡んだっぽい。あれ?俺これ音源もらいましたっけ?

5月25日(土)にはレペゼン浜松、いやレペゼン静岡県の「Champion Sound vol.3」が浜松セコンドで開催されている。メンツはHuckaさん、OKI-CHU、Koo。アンタマがクルーに加わるのはもっと後。この時はまだガラゼミのゼミ生。

なんでかなぁ、この時俺、名古屋も大津も大阪も行ってないですね。自分のパーティーと被ってるわけでもないのに。志が挫折する兆候かなぁ。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART17

PART17は、2002年3月に始動した新パーティー「DJ ajapai in Aphrodite!(以下アフロディテ)」をリワインド。そして再び2010年10月にファストフォワードして、今回のバカサガの発端を別の視点から整理します。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

2002年3月、浜松では3つのガラージパーティーが相次いで開催された。3月23日(土)にセコンドでチャンサの2発目、3月29日(金)セコンドで花札の旗揚げ、そして翌30日(土)プラネットでアフロディテの旗揚げ。さすがにこの並びには問題があったようだ。

花札の旗揚げにはeraguruさんをゲストに招いた。AGOくんはいつの間にかレギュラーになっていたので、この時がドリーム兄弟のセコンドでの初お披露目となった。Kooketsuはこの時からDJネームをKooに変えたようだ。浜松のテクノDJのCoo(コウ)ちゃんがあの綴りになったのと関係がありそうだ。

AGOくんデザインによるスッテッカー式フライヤーは瞬く間に巷から消えた。俺もセコンドでは初のパーティーだし気合いを入れていた。しかし、やはり並びが悪かった。翌日の森さんにもってかれた。東京からはサトちゃんたちが来てくれたっけ。フロアが寒くて申し訳ないことをした。

>辛口のガラバカだったね。いまどうしてんのかな。 RT @mau_biotable: @djnegligee サトちゃんのことは時々思い出したりします。ガラージ好きさには自信あるけど、サトちゃんの好きさもかなりやなーーーまだ同じ気持ちかなー

eraguru 時々連絡とるけど最近は全然クラブ行ってないみたい。

3月30日(土)のアフロディテは動員80人ちょいだったが、12月にも森さんがあったばっかだし、まぁ今日はこれぐらいで勘弁してやるか、などとのんびり構えていた。こっから隔月でやるのに!wいま思えば、森さんはこの頃にはすでに4つ打ちへの移行がかなり進んでいたかもしれない。

>ちょっと前に呟いた破綻の兆しが早くも現れた2日間だった。この時の浜松は明らかにガラージパーティーの供給過多に陥っていた。

お客さんの反応に変化が表れたのもこの頃だろうか。既出の通り、2002年の現場で流れていたのは重く深く暗い音がメイン。アッパーな曲で踊りたいお客さんからUKガラージは疎まれ始めていた。昔は「チャラい」とバカにされ、今度は「暗い」と敬遠される。どうすりゃいいのさ。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART16

PART16は、いよいよ波乱万丈の2002年に突入。1月に東京で始まった新パーティー「Club BUMP!」への参加、SeXの終了と新パーティー立ち上げ準備、そして師匠の俺を上回るアンタマのガラバカ伝説を中心にリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

時系列で行けば今日は2002年のことを呟く日なんだけど、なかなかその気になれない。なぜなら、俺はこの年UKガラージのDJとして大きな敗北感を味わうことになるからだ。

なので自然と筆も口も重くなる。先に謝っときますが、ものすごく歯切れが悪いと思います。すいません。

2002年のDJ筆下ろしは、1月4日(金)に渋谷「module」で開催された「club BUMP!(以下バンプ)」だった。バンプは今井さんとRikiさんが「Battle」を発展的に解消して新たに立ち上げたパーティーで、俺もレギュラーで参加させてもらうことになった。

たしか、今井さんがこのパーティーの構想をリワインズのBBSに書き込んだんじゃなかったかな。ガラージ素浪人の俺はそれを見て、またしても後先考えず今井さんにメールして武者修行を志願した。

その時、今井さんは「Eμさんならソウルもファンクも知ってるし、ちょうどいいかもしれない」みたいなことを言った。その時は別に気にも止めなかったが、後に俺は今井さんの発言の真意を知る。そして自分の思い上がりを恥じることになるのだ。

moduleはB1Fがラウンジ、B2Fがダンスフロアという作りになっていた。ラウンジでは今井さんとToplessというユニットを組んでいた塚田さん、(サガラ)アキくんがプレイした。そしてフロア担当が今井さん、Rikiさん、TAKUJI aka GEETEKさん、"DOGGY" SACKさんだった。

俺はもちろんUKガラージをプレイするつもりで3つのレコバッグにその手のお皿と東京のクラブで修行できる喜びをパンパンに詰め込んで上京した。例によって鈍行でw

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART15

PART15は、2001年から始まった若杉実さんとの交流、そしてこの年DJとして充実した時間を過ごしていた俺に訪れたちょっとした不幸など、UKガラージ周辺のちょっとした小ネタをリワインドするボーナストラック編です。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

大好きな若杉実さんにまつわる話をいくつか。2003年の年末だったか、名古屋XLNZクルーが若杉さんをゲストに招き、栄の「Daugter」というクラブでパーティーを開いた。その時DJで若杉さんが一曲目にかけたのがTrouble Funkの「Trouble Funk Express」だった。

zookie_xlntz これXLNTZ仕切りのパーティじゃなく、若杉さんがradio-iでやってた番組のイベントかも。

>後で調べたらズッキーさんご指摘の通り、radio-iの番組『Beat Condition』主催のパーティーでした(2003年12月13日)。なので、若杉さんはレジデントDJでゲストなのはXLNTZ(てかこの時はFORTUNE)の方。

AGO オレ、そういや若杉さんにインタヴューしてました。 roots誌にて2003年。結構オモロいです。デカイのでDLしてから読むの推奨(DLはコチラ)

その数日前、若杉さんと俺は電話でワシントン・ゴーゴーの話で盛り上がった。俺が「ゴーゴー(リヴァイヴァル)来ますかね」と尋ねると「来ないでしょうw」みたいな感じで。その時、俺が件のTrouble Funkの曲を聴いたことがないと行ったら、じゃあかけますよと予告していたのだ。

「Trouble Funk Express」はKraftwerk「Trans Europe Express」のゴーゴーカヴァーだ。もうそれだけで十分でしょw最高だった。その時若杉さんはSoft CellやのNolansまで混ぜてプレイしてたな。

名古屋まで若杉さんに会いに行ったのには訳があった。OSUGEEEが俺の付き人を勝手に中退して「.rps-10」というパーティーを立ち上げ、そのゲストに若杉さんを招きたいので俺に紹介してくれと菓子折りも持たずに頼みに来たのだ。

いまにして思えば、若杉さんは最初に俺が呼ぶべきだったが、その時は若杉さん向きのパーティーをやっていなかったので、俺は渋々仲介を引き受けた。話が微妙に2001年から2年ほどワープしているが、この件は後でふれることがなさそうなので、この機会につぶやいておく。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART14

PART14は空前のUKガラージパーティーラッシュにわいた2001年12月をリワインドします。題して「冬なのに、俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ再び!」。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

バカサガ2001年12月編、「冬なのに、俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ再び!」行きます。この月は、たぶん俺史上最も忙しい1ヶ月だった。プラネット、セコンド両店のカウントダウンを入れると、計7つのパーティー、4つの都市でプレイした。

全国のガラージDJたちも同様だったはずだ。なにしろこの月は、東京、名古屋、大阪の三大都市でUKガラージ祭りが開催されたのだ。各地に遠征した愛好家たちも、恋人や家族へのクリスマスプレゼントの規模縮小を迫られたことだろう。

先陣を切ったのは名古屋。12月14日(金)、クラブJB'Sで「GARAGE CHAMPIONSHIP 2001 JAPAN」と銘打ったUKガラージの全国大会がぶち上げられた。ゲストはajapai(以下森さん)と全国のガラージDJたち。もちろん浜松からSeXクルーも参戦した。この時浜松から出撃したのは、Huckaさん、AKI、Kooketsu、俺の4人だったかな。JINは店(プラネット)を空けるわにいかず無念の欠場となった。大阪からはJumpin'Jumpin'クルー、ホームの名古屋からはもちろんGARAGEEEクルーが俺たちを迎え撃った。

この頃はどこの都市のDJもブレイクス主体のプレイだった気がする。もはや「チャラい」と形容された2stepのお皿など、全員のレコードバッグをひっくり返しても出てこない気がした。試合は完全にセメントだった。で、結局どこが優勝したんだっけw?

>この時、i-depのナカムラさんが森さんにサインを求めてたんだけど、その時差し出したのは、森さんがajapaiになる前にリリースした『プラネタリー・フォークロア』。俺の中ではいかにもナカムラさんらしい、ちょっといい話。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART13

PART13は2001年秋浜松のクラブシーンを揺るがしたある出来事(大げさ)、そして一気に多様化し始めたUKガラージシーンの様子をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

前回は2001年夏「俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ!」の終焉までをリワインドした。実はこっから先、同年9月以降の「リワインズ」のパーティー情報のページが見つからないんで、ほとんど俺のあてにならない記憶だけをもとに呟くことになる。超怪しい。

とりあえず、8月24日(金)にはSeX@浜松プラネットカフェがあった。やってたんかいっ!というくらい記憶がない。この頃のSeXはレギュラー開催の時はノルマをぎりぎりクリアするくらいの低空飛行だった。

俺の記憶が正しければ、ステステ/SeXはレギュラー、スペシャルあわせて通算11回やったんだけど、ノルマの60人を下回ったのは1度だけ。そん時も59人で1人足りないだけだったから、俺が客として金を払う形でことなきを得た。

当時はパーティーが終わるたびに「また60人そこそこかよ、しょっぺぇなぁ」なんて凹んだもんだけど、いまにして思えば、浜松みたいな田舎でだよ、それも2stepなんかwのパーティーにさ、毎回そんだけお客さん来てたんだぜ。逆にそれ、すごくねぇ?

まぁ要するに理想が高すぎたんだな。なんつっても、あの頃は雑誌やネットで見たロンドンアコガレ、アヤナパアコガレがパンパンに膨れ上がってたからさ。あと、やっぱヴァージンの時の200人ってのが最初に来ちゃったからね。あれをその後も追い求め過ぎちゃったのかなぁ。

同じように名古屋も大変だったことを、ズッキーさんのこのツイートで教えてもらったんだけどさw RT @zookie_xlntz: マチャに感謝。800人が2ステップで踊ってたw奇跡。 RT @machanakamura 伝説の夜です。自分DJ史では。

さて困った、こっから先資料がないぞ。9月には名古屋で「GARAGEEE」の第5弾、大阪では「Jumpin'Jumpin' 」の第2弾があったようだ。前者は行ったな。後者は俺行きましたっけ?「GARAGEEE」はこっからマンスリー開催になったのかな。

いまはi-depのナカムラさん、AGOくん、g-tonのライヴがあった時でしょう?あれ良かったなぁ。まるでWookieがフォーツー作ったみたいなトラックあったよね。次の日、興奮してナカムラさんにメールしたんだよあん時。あんたはエラい!きっと大物になる!って(脚色あり)。当たったね。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART 12

PART12は前回に引き続き、2step/UKガラージの人気が頂点に達した2001年夏をリワインドする「俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ(以下SSOL)!(後編)」です。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

大阪でもとうとう火の手が上がった。今度こそ、この夏こそ2step人気が爆発するぞ!俺はそんな手応えをつかんで、付き人のOSUGEEEとともに帰りも鈍行で浜松まで帰った。その直後の2001年7月18日、遂に日本初の2stepアルバム、ajapai『CHEERS!』がリリースされた。

GOSHIP_Vamp 本場のMC DT/SPARKS&KIE、国内ではverbal(m-flo)等が参加。日本人離れした完成度の高さ。MC的にかなり勉強になった。

同作のリリースパーティーが浜松プラネットカフェで行われることなった。その経緯は前にツイった通り。俺はこのパーティーに全国の2step DJを招き、B2B形式でプレイしてもらうことにした。2step版一曲入魂だ。

もうひとつ、OKI-2STEPと相談して、浜松の翌日に静岡でも2stepのパーティーが開催できるよう互いの日程を調整した。2step2days。単なる語呂合わせだが、自分ではなかなかいい思いつきだと思った。日程は浜松が7月27日(金)、静岡が28日(土)に決まった。

浜松でのajapai(以下森さん)のリリースパーティーは「THE PARTY in SeX」と銘打って開催された。互いのレギュラーパーティー名を並べたわけだが、俺は最初この案を森さんサイドにぶつける時、ちょっとドキドキした。こういう場合、リリパの方を前面に出すのが常識だからだ。

しかし、森さんサイドからは意外なほどすんなりOKが出た。森さんもこのパーティーの意義をよく理解してくれていたのだ。俺は大切なことを忘れていた。森さんはただ書き込みをしないだけで、ずっと前から俺たちと同じ「リワインズ」の住人だったことを。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART11

PART11は日本国内(のあくまで愛好家の間で)で2step/UKガラージ人気が爆発する2001年夏の前半をリワインドします。題して「俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ!(前編)」。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

前回は俺とアンタマの鬼畜師弟誕生まででしたね。ちなみに、アンタマは現在静岡でブレイクコアのDJをやってます。ガバDJである奥さんの影響もあるのだろうが、ある意味ブレずにブレイクビーツ道を全うしているとも言える。いまダブステップやってるDJにはブレイクコア出身者も多いしね。

今日は日本国内で2step Feverがピークに達する2001年の夏あたりを中心に呟きます。題して「俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ(以下SSOL)!」

いや、当時のHuckaさんの言葉を借りるなら「俺たちのサード・サマー・オブ・ラヴ!」か。前にもツイったけど、HuckaさんはSSOLの洗礼をモロに受けてたからね。背格好も含めて、まさに浜松のBobby Gillespie!

この頃、日本における2step愛好家たちの最大のコミュニティになっていたのは、eraguruさんの「2step:REWINDS!!!(以下リワインズ)」だったが、同じような役割をここ浜松で担っていたのが、Huckaさんが主宰する「ZEN」の掲示板だった。

「ZEN」は元々Huckaさんが主宰していたパーティーの名前だが、この頃(2001年夏)にはもしかしたらパーティーの方は終わっていたかもしれない。だが、その後も板だけは残り、主に浜松と静岡のゴロつきたちの溜まり場になっていたw

Koychedelic25 浜松に帰郷して色々模索していた頃です。懐かしいです。

こちらには、「リワインズ」にはハードルが高すぎて近づけなかった2step初心者、あるいはアンチ2stepの人たちも入り浸っていたので、俺たちは2stepの良さを熱っぽく書き込みアンチからの転向をしつこく勧誘した。

当時の2stepに対する世間一般の眼差しは、まだまだ冷ややかなものだった。「何?あのチャラい音楽」…良識ある人々の声を最大公約数でまとめるとだいたいそんなところか。クラブ関係者やDJたちの反応も似たようなものだった。熱病にうなされていたのは、ごく一部のDJや愛好家だけだった。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART10

PART10は2001年4月、浜松で東西のガラージDJたちが一堂に会する歴史的な場面、そして歴史的にはどうでもいい俺とアンタマの鬼畜師弟誕生の瞬間をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

呟き始めた頃は、1日か2日で終わるつもりだった俺のバカDJサーガ。気がつきゃそろそろ1週間かよ。こんな与太話に付き合って読んでくれる人のためにも早く終わらせたいけど、これ単なる懐古に終わらせたくないからさ。

昔はUKガラージ熱かったとか、目指してるのはそんな着地点じゃないから、まだまだ先は長い。

今日の見せ場は、eraguruさんとAGOくんをゲストDJに迎えた2001年4月のステステ@浜松プラネットカフェで、遂に東西のガラージDJたちが一堂に会するところです。

4月はその前に俺の「GARAGEEE」デビューもあったな。4月13日(金)、名古屋栄のクラブ「JB'S」で行われた2回目の「GARAGEEE」、こん時はOSUGEEEと一緒だったのかな。ズッキーこと鈴木一彰さん、MAHIROくんなどそうそうたる名古屋のDJ陣、マウちゃん&ナオちゃんの名古屋ガラージガールズに会ったのもこの時だ。MCにはnobody knowsのg-tonも登場していた。もちろんeraguruさんも遊びに来てた。

同じ2stepのパーティーでも名古屋のフロアは浜松に比べて断然女子率が高かった。しかもみんな高級OL風。そりゃもう華やかなもんだった。女子フェロモンが充満するフロアで聴くと、ベースがブンブン唸る重量級のトラックでもシャレオツに聴こえたものだ。ありゃ、DJたちは相当モテたな。

一方で俺のモテキは終わりを告げようとしていた。同じ月、R&Bパーティー「HOT WAX」がファイナルを迎えたのだ。前年からハイタイムスレコードのMiuchi、そしてこの年の春からは当時「RGB」というパーティーでプレイしていたTAKA-PYONという若手のDJを迎えた矢先のことだった。

理由はいくつかあるが、俺の2step熱も無関係ではなかった。お客さんに「あんなヘンなの(2stepのことです)やめてR&Bだけかけてなよ」と言われたこともあったな。だがもう引き返せなかった。今度は名古屋のDJたちのように2stepでモテればいいやと考えていた。とんだ読み違いだった。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART9

PART9は2001年3月、静岡の怪人OKI-2STEP aka OKI-CHUが重い腰を上げて2stepシーンに殴り込む場面、そしてajapaiさんとの印象的な出会いを中心にリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

ドリーム兄弟の結成は2001年2月9日、場所は大津の名門クラブ「MOVE」。そして、その大津が生んだTANNY-Dに次ぐwスーパーDJと言えばごぞんじ大沢伸一。2001年3月、大沢さんは東京西麻布のクラブYELLOWで「FEARLESS」というパーティーをスタートさせる。

当時のリワインズの告知を見ると、当初ゲストに予定されていたWideboysがキャンセルになり、代わりにDJ Huckleberry Finnが来日した模様。現在も京都「World」で続く大沢さんの代名詞とも言えるパーティーは、実は2stepのパーティーとして旗揚げされたのだった。

同じ3月、静岡ではとうとうあの男が重い腰を上げる。そう、静岡が誇る最強のレイヴDJ OKI-CHUの2STEPヴァージョン→OKI-2STEP。彼が主宰する人気パーティー「CALL!!」が2stepを大々的にフィーチャーしたスペシャルパーティーを開催することになったのだ。

開催日は2001年3月23日(金)、ヴェニューはいまは亡き「BAR No.3」。このパーティーには、浜松からHuckaさんと俺も参戦することになった。たしか、OKI-CHUと親しいHuckaさんから「何も知らずにあの男と絡むのは危険」との忠告を賜り、事前に偵察に行った覚えがある。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART8

PART8は2001年2月、大津のクラブ「MOVE」で遂に店主とeraguruさん、AGOくんが出会うドリーム兄弟誕生の瞬間を中心にリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

2001年2月2日(金)、名古屋で日本のUKガラージ史を語る上で避けては通れない重要パーティーが狼煙を上げる。無く子も黙る装甲車専用車庫「GARAGEEE」たぁこのことだ。

分かってると思うけど、一応メンツ書いとく?リワインズからコピペ。伊藤宝史、鈴木一彰、ZOHYAMA、KANEDA、KANBE、MAHIRO、YUSAKU、マチャ中村、Techtaro(VJ)。おっ!AGOくん本名じゃん。YAPくんはまだいないのか。にしても豪華な顔ぶれ。

実はこの日、俺は自分のパーティー「HOT WAX」と被って行けなかった。でも、浜松からはHuckaさんと「Life Cycle」ってパーティーで2stepを回してたKooketsuが会場である栄のクラブ「JB'S」に乗り込んでいた。リワインズの住人たちはこの頃、自ら文化交流の特使を買って出る状態だった。

自分が行ってないから詳しくは書けないが、こんだけのメンツがブース固めて、全国からもガラージDJが集まったんなら、そりゃもう盛り上がったに違いない。「GARAGEEE」は筆下ろしで早くも全国のガラージ勢力図を塗り替え始めた。浜松も負けてはいられなかった。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART7

PART7は一旦2010年10月にファストフォワードして、今回の一連のツイートの発端をおさらいします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

eraguruさんがまとめてくれたトゥギャッターを読み直して思ったんだけど、俺の今回の呟きは、そもそもRamadanmanの来日とeraguruさんが復刻したAGOくんのミックステープが発端だったんだね。

>AGOくんのミックステープまだ聴いてない人はいますぐDLすべし!試聴&DLはコチラ

どういうことかって言うと、まずeraguruさんが10月1日(金)大阪「noon」でRamadanmanのプレイを浴びて「現時点で今年No.1のアクト」ってツイートじゃなくシャウトしてたんだよね。ベース愛しててこれ聴かないでどうすんの?とも。

そんでもって、RamadanmanがAgent X「Decoy」、Double 99「RIP Groove」、Dom Perignon & Dynamite「Got Myself Together(DND MIX)」といったUKガラージクラシックをプレイしたこともシャウトしてた。

恥ずかしながら俺その時ラマちゃんのことよく知らなかったんで、ダブステップのDJでそのへんかけるなら、そこそこ年もいってんだろうって思ってた。でも、調べたらハタチかそこらの兄ちゃんだっていうじゃん。SindenやHervéもこのクソガキやりやがるって思ったけど、ラマはさらに若い。驚いた。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART 6

PART6は2001年1月、店主が大津のTANNY-Dさんや静岡のOKI-2STEPなど全国のガラージDJたちと繋がり始めた頃をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

俺がステステを立ち上げた頃、東京では既にいくつかの2step系パーティーが始動していた。六本木「Kuaile」で開催されていた2stepパーティーの元祖「Steps」、ajapaiさんの「The Party」、dj Guaranaさん、若杉実さん、Akira Imai(以下今井)さんたちの「Battle」が代表的なところ。G-Rinaさんたちの「Visage」も始まってた頃だろうか。ズッキーさん年表で調べて!w

>『SWITCH』2001年6月号で2stepが特集された時には、Visageのパーティーインフォも載ってましたね。 RT @djsenorina: 確かに2step,DnB,BrokenBeatsのパーティvisageをROOMでやってました! 何年間か変遷しつつ

全国でも同じような動きが起ころうとしていたのはリワインズのBBSを見ていれば手に取るように分かった。ある日、TANNY-DというDJが2001年2月、大津で関西初の2stepパーティーをやると書き込んでいた。俺はすぐにメールで参加を申し出た。

TANNYさんのパーティー「Steppers Delight」にはeraguruさんやINDRAさんも参加することが分かった。ステステからはAKIも同行参戦することになった。挨拶と偵察を兼ねてTANNYさんが1月のステステに来ることになった。こっちもあっちもすごい行動力だ。

行動力と言えば、俺が初めてリワインズのBBSに書き込んだ後、AGOくんからかなり長文のメールを頂戴した。当時28歳くらいのAGOくんは自分が最年長のガラージDJだと思ってたと書いてやがったw悪かったな、こっちはそん時38だ!!ww

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART5

PART5は2000年秋、店主が2step DJに転身して浜松初の2stepパーティー「Step×Step」を立ち上げるまでをリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

俺は「タブー」を辞めてもまだ「HOT WAX」があったから良かったが、OSUGEEEは突然飼い主に捨てられた犬のような気分だったろう。

そうか一応書いておこう、OSUGEEEはもともとギタポ系のDJで、浜松を代表するロック/ギタポのパーティー「WAKE-UP!」のオリメンでもある。本人の申告によると「タブー」を辞めた後も「WAKE-UP!」ではプレイしていた模様。いつ、なんで辞めたんですか?

2stepのコンピ『Sound Of The Pirates』には一発でKOされた。どの曲にとかじゃなくて、全部にやられた。レコから立ち上る世界観に圧倒された。そこにはR&B、ハウス、ヒップホップ、ドラムンベース、レゲエなどダンスミュージックのありとあらゆる要素が圧縮陳列されていた。

zookie_xlntz ダブステ?UKファンキーに興味ある人、もし持ってないなら買っといた方が良いです。『SOUND OF THE PIRATES』まだ在庫あったりしますw→ コチラ

そっからはもう2stepのレコバカ買いですよ。地元のレコ屋→ハイタイムスやロッキン、OSUGEEEのイケヤにもロックドオンあたりのブツがポツポツと入荷し始めた。通販は東京の「HOT WAX」や「テクニーク」「HMV」も利用した。お金がいくらあっても足りないから、手持ちのレコを売り始めた。

osugxxx LOCKED ON、RELENTLESS辺りは入荷良かったような。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART4

PART4は1999年夏?2000年秋までの1年余り、クラブ「Planet Cafe」で開催していた平日パーティー「タブー」時代をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

こっから、いよいよクラブ「Planet Cafe(以下プラネットカフェまたはプラネット)」時代に突入!

1999年春、俺がFMハロー!で『ピクニック・ジャム』を始めた頃、東京からDJのRYOTAが浜松に戻ってきた。RYOTAも晩年の「City Cafe」を知るDJの一人で、その頃LIQUORさんとクルーを組んでいた関係で俺とも知り合った。

RYOTAとはその後、よくレコ情報とかを交換し合うようになって、一緒に名古屋「クアトロ」までMark Stewartのライヴを見に行ったりもした。

RYOTAは95年の暮れにプラネットがオープンした時からのDJで、俺がプラネットに遊びに行く時は大体彼かATOMさんがプレイしていたような記憶がある。

ATOMさんは浜松のクラブシーンでは知らない人がいない大御所DJ。俺なんか足下にも及ばない大先輩。田町中央通りにある「ハイタイムスレコード」の店主でもあります。短いけどそれで説明十分ですよね?もちろんいまでも現役でプレイ中。

で、RYOTAは90年代の終わり頃に上京してDJやったり、でもきっと主にはぶらぶらしながらw何年か過ごした後、再び浜松に戻ってプラネットの店長をすることになった。それで、俺にもプラネットで何かやんないかと声をかけてくれたんです。

90年代中頃、浜松ではプラネットのほかにも「Hambolt(以下ハンボルト)」「Choice!(以下チョイス)」といったクラブがオープンして、「Trenchtown Cafe」もあったから、そういう意味じゃ最初のクラブバブル期だったかもしれない。実際、プラネットもオープン当初は週末300人とか入ってたんじゃ。

プラネットがオープンした当初、遊びに行くたびに俺もここでプレイしたいなぁと思ったんだけど、その頃の俺のイメージはきっとソウルバラードかP-Funkしかプレイしないエロ阿呆DJだったろうし、案の定どこからも声がかかりませんでした。だからRYOTAに誘ってもらった時は本当に嬉しかった。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART3

PART3は1998?1999年までの1年間、ラウンジDJ/ラジオDJ時代をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

KCが閉店して2?3ヶ月後、メスカリンで「go lounge」というパーティーを始めた。けっこう早く立ち直ってんじゃんwかける曲は相変わらずソウルだったが、一応、当時世界で同時多発的にわき起こっていたラウンジブームを意識していた。浜松でラウンジDJを名乗ったのは俺が最初w

メスカリンで始めたラウンジのパーティーは、最初はソウルバラードをかけてたんだけど、そのうちソフトロックやボサノヴァ、フレンチポップスあたりが中心のガチでラウンジーな選曲になっていった。フリーソウル時代にそのへんのレコードの集め方は習得してたしね。俺史上最も白い時代。

同時期にメスカリンでDJをしてたのがOSUGEEE。俺と初めて会った時は原田知世の「ロマンス」をかけてたっけ。たまにOSUGEEEを俺の弟子だと勘違いしてる人がいるが、彼の師匠は浜松のロックDJの重鎮プジャリさん。本人たちは否定するかもしれないが俺はそう思ってます。

>こら!まだそこまで話が進んでないんだから、ネタバラすなよ! RT @osugxxx: ただのROCKバカをクラブ畑に引っ張って頂いたのは感謝していますが、成長していないので否定し続けてください。

メスカリンではAORもよくかけた。インスパイアされたのは、藤原ヒロシがビームス(だったっけ?)の店内BGM用に選曲したとかいうCD。聴いたこともないのに、雑誌で曲目リストを見てえらい興奮した。Bobby Caldwellの1stから「My Flame」を選ぶとはっ!みたいな。

メスカリンでは俺がUKガラージに目覚める2000年までプレイさせてもらった。店長だったTAOさんにはCrowded Houseの「Don't Dream It's Over」が俺のテーマ曲だとよく言われた。しょっちゅうプレイしたせいもあるのだろうが、曲の内容が俺にピッタリということらしい。

>メスカリンではHenry__01さんとOSUGEEEのバンドも見たんだっけ。あの時紹介されてたら、いろいろ情報交換できたのに! RT @Henry__01: 懐かしいです。あの頃は僕も含めみんないろんな意味でガツガツしてたと思います。ネットも情報も何も無い時代でしたから。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART 2

PART2は1990?1998年までの8年間、クワイエットストーム(ソウルバラード)DJ時代をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

レアグルーヴをえっちらほっちら掘ってく中でぶち当たった巨大な鉱脈がP-Funk。10代の頃、一応リアルタイムで通ってはいるんだけど、そんなもんパンクくずれのガキに手が出せるような音楽じゃない。でも、童貞捨てて女の味知ってから聴いた時には分かりましたね?あのズルムケ感!

P-Funkのお皿は最初、新宿の「アーバンレコード」とかでバカ値で買ってて、でもそのうち浜松でも「ロッキンレコード」が鬼のように入荷してくれるようになって、こっちも鬼のように買いまくった。いまではクラブ「Second」のオーナーでもある楠木社長とはその時からの付き合い。

当時会社を辞め中古レコード店でバイトしてた俺は、店の倉庫からもごっそりネタ盤を買い漁り、でもちゃんとお店にもおいしいエサをぶら下げていた。そのエサに食いついてきたのが、浜松が誇るソウルDJのISAO。エサはたしかWindjammerの1stだったような。

>これは記憶違いで、実際はShadowというグループの3rdアルバムだった。ShadowはOhio Playersの元メンバーが結成したグループで、本作のプロデュースはLeon Ware。みんなも買おう!

いまこれ読んでる関係者の方で、もし間違いとかあったら指摘してください。とりあえず俺が気づいたところでは「City Cafe」初期のDJにはその後クラブ「Choice!」を立ち上げるシンムラくんがいました。彼も重要人物です。

うまいことエサに食いついたマイメ?ンISAOとはその後P-Funkオンリーのイヴェントを共催して大赤字かぶったり、一緒に名古屋までP-FunkやRogerのライヴを見に行ったり、規制前の爆裂連チャン機の攻略法を交換したりして、互いのファンク魂を黒光りするまで磨き合った。

その頃ISAOが根城にしていたのが佐鳴台にあったソウルバー「Ketchup Club(以下KC)」。この店のマスター松井さんと出会ったことをキッカケに俺はクワイエットストームという音楽を知り、そこに傾倒することになる。それが1990年頃の出来事。既にレアグルーヴ運動は鎮静化していた。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART1

2010年10月14日からツイートし始めた店主ことDJ♥ネグリジェの『DJ♥ネグリジェによる浜松クラブサーガ』別名『バカDJ半生記風雲立志UKガラージ編』ぜんぶひっくるめて『バカDJサーガ』略して『バカサガ』を加筆訂正し再構成したものを掲載します。

PART1は1987?1989年頃までの約2年間、浜松のクラブシーン黎明期、店主がレアグルーヴDJだった頃をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

【はじめに】
2010年10月14日午後、店主は名古屋のDJ/MCであるAGOくんと電話とメールで連絡を取り合い、同日夜その内容をツイッター上で名古屋のガラージガールであるマウちゃんに伝える形で一連のツイートはスタートしました。

>マウちゃん
おうよ!今日某伊藤くんにメールしたネグ様語録をここでも呟くぜよ。俺はエレクトロでもなんでもガラージ耳でチョイスしてきた!

>マウちゃん
実際、絶頂兄弟としてエレクトロをやってた時期も一貫してベースDJを名乗ってきたし、K-POPでさえも常に韓流ベースという視点から取り上げてきたことは俺のブログをチェックしてもらえれば分かると思いま?す♪

>マウちゃん
そんでもってベースミュージックの最高峰がユーケーガラージだと言っとるわけです。

どんなに最新のガラージをかけても、ブースに立つのが10年前と変わらぬオッサンたちでは意味がない。要はそういうことなんだろう。Ramadanmanのような若いガラージDJが日本にいるかどうか。

一方で、10年前UKガラージに目覚めた時、俺は既にじゅうぶんオッサンだった。次や何かにつながっていく保証などどこにもなかった。だが、とりあえず声をあげることで日本中の同志とつながり、地元からもKooketsuやアンタマのような若いDJが現れた。

特に浜松のような地方では、系統だってクラブミュージックが聴かれたりパーティーが運営されてる気があんましないのでw突発的にでも声をあげてみることが大切なのかもしれない。

俺のモテキはR&BのDJだった頃。ガラージDJに転身してからは一気に女っ気が失せたし、それが彼女と別れる原因にもなった。モテたいDJはガラージなんかやっちゃダメ!!w

ちなみに俺のDJ遍歴は、レアグルーヴ?クワイエットストーム?フリーソウル?UKガラージ?ファンキーハウス?ベース/エレクトロといったところです。

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浜松北関東連合発足!

これ今日のツイートだけど、流れたくないんでこっちにも転載。

昨日、店主の北関東アコガレに同調してくれる友人が初めて現れた。
大阪発祥のヤンキー文化が東上した末に辿り着いた約束の地。
全日本オールスター紅白歌合戦でおなじみのロイ白川先生が君臨するムード歌謡の聖地。
その他北関東に関するディープな情報&浜松北関東連合メンバー求む!

キラーカンも出場する第13回全日本オールスター紅白歌合戦 at 宇都宮文化会館の詳細はコチラ
5年以上更新されてないロイ白川先生のブログも渋すぎる。

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日本全国マエケンDAY

1ヶ月ぶりの更新でいきなりアレですが、本日11/10リリースの新曲で最大の聴きものは、パフュでもKARAでも豊崎愛生でもなくももいろクローバー「ピンキージョーンズ」のc/w「ココ☆ナツ」だと断言します!作詞・作曲・編曲は我らがヒャダインこと前山田健一先生。そう、ももクロちゃんの前作にして出世作「行くぜっ!怪盗少女!」のマエケン先生です。
ももいろクローバー「ココ☆ナツ」(Short Ver.)


ひと言いいすか?神っ!

前山田作品では本日リリースがもうひとつあります。麻生夏子「More-more LOVERS!!」。こちらは作詞:畑亜貴、作曲・編曲:前山田健一、既出の「Perfect-area complete!」と同じ布陣ですな。
麻生夏子「More-more LOVERS!!」


もうひと言いいですか?仏っ!もとい人っ!
やっぱ、これと「ココ☆ナツ」を同格に並べちゃいかん気がした。麻生のが悪いんじゃない。それくらい「ココ☆ナツ」が狂っているということ。これ以上聞くな!(オレ竜)

とりあえず、今日はこの2曲を押さえとけばもうお腹いっぱいって気もしますが、もしデザート代わりにもう1曲お望みでしたら、前山田先生とはまったく関係ありませんが、これなんかどうでしょう。
moumoon「moonlight」




この人たち→moumoonはいままで完全スルーだったのですが、この曲は有線で聴いて以来ずっと気になってました。一応、既発の曲もいくつかチェックしたのですが、どうもこれだけがまぐれ当たりっぽい。でもそういう当たり方する人、好きです。

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