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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART15

PART15は、2001年から始まった若杉実さんとの交流、そしてこの年DJとして充実した時間を過ごしていた俺に訪れたちょっとした不幸など、UKガラージ周辺のちょっとした小ネタをリワインドするボーナストラック編です。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

大好きな若杉実さんにまつわる話をいくつか。2003年の年末だったか、名古屋XLNZクルーが若杉さんをゲストに招き、栄の「Daugter」というクラブでパーティーを開いた。その時DJで若杉さんが一曲目にかけたのがTrouble Funkの「Trouble Funk Express」だった。

zookie_xlntz これXLNTZ仕切りのパーティじゃなく、若杉さんがradio-iでやってた番組のイベントかも。

>後で調べたらズッキーさんご指摘の通り、radio-iの番組『Beat Condition』主催のパーティーでした(2003年12月13日)。なので、若杉さんはレジデントDJでゲストなのはXLNTZ(てかこの時はFORTUNE)の方。

AGO オレ、そういや若杉さんにインタヴューしてました。 roots誌にて2003年。結構オモロいです。デカイのでDLしてから読むの推奨(DLはコチラ)

その数日前、若杉さんと俺は電話でワシントン・ゴーゴーの話で盛り上がった。俺が「ゴーゴー(リヴァイヴァル)来ますかね」と尋ねると「来ないでしょうw」みたいな感じで。その時、俺が件のTrouble Funkの曲を聴いたことがないと行ったら、じゃあかけますよと予告していたのだ。

「Trouble Funk Express」はKraftwerk「Trans Europe Express」のゴーゴーカヴァーだ。もうそれだけで十分でしょw最高だった。その時若杉さんはSoft CellやのNolansまで混ぜてプレイしてたな。

名古屋まで若杉さんに会いに行ったのには訳があった。OSUGEEEが俺の付き人を勝手に中退して「.rps-10」というパーティーを立ち上げ、そのゲストに若杉さんを招きたいので俺に紹介してくれと菓子折りも持たずに頼みに来たのだ。

いまにして思えば、若杉さんは最初に俺が呼ぶべきだったが、その時は若杉さん向きのパーティーをやっていなかったので、俺は渋々仲介を引き受けた。話が微妙に2001年から2年ほどワープしているが、この件は後でふれることがなさそうなので、この機会につぶやいておく。

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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART14

PART14は空前のUKガラージパーティーラッシュにわいた2001年12月をリワインドします。題して「冬なのに、俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ再び!」。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

バカサガ2001年12月編、「冬なのに、俺たちのセカンド・サマー・オブ・ラヴ再び!」行きます。この月は、たぶん俺史上最も忙しい1ヶ月だった。プラネット、セコンド両店のカウントダウンを入れると、計7つのパーティー、4つの都市でプレイした。

全国のガラージDJたちも同様だったはずだ。なにしろこの月は、東京、名古屋、大阪の三大都市でUKガラージ祭りが開催されたのだ。各地に遠征した愛好家たちも、恋人や家族へのクリスマスプレゼントの規模縮小を迫られたことだろう。

先陣を切ったのは名古屋。12月14日(金)、クラブJB'Sで「GARAGE CHAMPIONSHIP 2001 JAPAN」と銘打ったUKガラージの全国大会がぶち上げられた。ゲストはajapai(以下森さん)と全国のガラージDJたち。もちろん浜松からSeXクルーも参戦した。この時浜松から出撃したのは、Huckaさん、AKI、Kooketsu、俺の4人だったかな。JINは店(プラネット)を空けるわにいかず無念の欠場となった。大阪からはJumpin'Jumpin'クルー、ホームの名古屋からはもちろんGARAGEEEクルーが俺たちを迎え撃った。

この頃はどこの都市のDJもブレイクス主体のプレイだった気がする。もはや「チャラい」と形容された2stepのお皿など、全員のレコードバッグをひっくり返しても出てこない気がした。試合は完全にセメントだった。で、結局どこが優勝したんだっけw?

>この時、i-depのナカムラさんが森さんにサインを求めてたんだけど、その時差し出したのは、森さんがajapaiになる前にリリースした『プラネタリー・フォークロア』。俺の中ではいかにもナカムラさんらしい、ちょっといい話。

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