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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART1

2010年10月14日からツイートし始めた店主ことDJ♥ネグリジェの『DJ♥ネグリジェによる浜松クラブサーガ』別名『バカDJ半生記風雲立志UKガラージ編』ぜんぶひっくるめて『バカDJサーガ』略して『バカサガ』を加筆訂正し再構成したものを掲載します。

PART1は1987?1989年頃までの約2年間、浜松のクラブシーン黎明期、店主がレアグルーヴDJだった頃をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

【はじめに】
2010年10月14日午後、店主は名古屋のDJ/MCであるAGOくんと電話とメールで連絡を取り合い、同日夜その内容をツイッター上で名古屋のガラージガールであるマウちゃんに伝える形で一連のツイートはスタートしました。

>マウちゃん
おうよ!今日某伊藤くんにメールしたネグ様語録をここでも呟くぜよ。俺はエレクトロでもなんでもガラージ耳でチョイスしてきた!

>マウちゃん
実際、絶頂兄弟としてエレクトロをやってた時期も一貫してベースDJを名乗ってきたし、K-POPでさえも常に韓流ベースという視点から取り上げてきたことは俺のブログをチェックしてもらえれば分かると思いま?す♪

>マウちゃん
そんでもってベースミュージックの最高峰がユーケーガラージだと言っとるわけです。

どんなに最新のガラージをかけても、ブースに立つのが10年前と変わらぬオッサンたちでは意味がない。要はそういうことなんだろう。Ramadanmanのような若いガラージDJが日本にいるかどうか。

一方で、10年前UKガラージに目覚めた時、俺は既にじゅうぶんオッサンだった。次や何かにつながっていく保証などどこにもなかった。だが、とりあえず声をあげることで日本中の同志とつながり、地元からもKooketsuやアンタマのような若いDJが現れた。

特に浜松のような地方では、系統だってクラブミュージックが聴かれたりパーティーが運営されてる気があんましないのでw突発的にでも声をあげてみることが大切なのかもしれない。

俺のモテキはR&BのDJだった頃。ガラージDJに転身してからは一気に女っ気が失せたし、それが彼女と別れる原因にもなった。モテたいDJはガラージなんかやっちゃダメ!!w

ちなみに俺のDJ遍歴は、レアグルーヴ?クワイエットストーム?フリーソウル?UKガラージ?ファンキーハウス?ベース/エレクトロといったところです。

DJデビューは1987年。当時、浜松にあったディスコ「XERXES(クセルクセス)」の貸切パーティーで30分くらいプレイした。Bow Wow WowとかPlasticsをかけた覚えがあるw

レアグルーヴに目覚めたのは『サントリー・サウンドマーケット』というラジオ番組でNorman JayのDJを聴いたのがきっかけです。あれはトシ矢嶋の招聘でJazzie Bと一緒に来日した時のプレイだったのかな。雷に打たれたような衝撃とはまさにあのこと。

Norman Jayはその前後にも確かメンズビギのパーティーで来日してるはずだけど、当時UKの本物のレアグルーヴDJを聴ける機会なんて滅多になかった。

そんな時、青山スパイラルホールでレアグルーヴのイヴェントがあるってんで勇んで駆けつけたら、Jay Strongmanの酷いDJを聴かされたりしてえらい目に遭った。でも、当時デビューしたてだったBomb The BassのTim Simenonを見れたのは良かったな。

俺の記憶が確かなら、日本に初めてレアグルーヴが紹介されたのは音楽誌ではなくファッション誌の『Olive』。トシ矢嶋のコラムで、キャスケットを被りフィッシャーマンセーターを着たNorman Jayの写真とともに、いまロンドンで注目の最新カルチャーとしてそれは紹介されていた。

DJのバイブル『Ultimate Breaks & Beats』シリーズが日本では当初レコ屋でなく原宿のデプトストアでしか買えなかったのは有名な話だが、その後シスコでも買えるようになって、俺も新宿アルタのシスコである番号全部買いした。その頃はもうタコレーベルではなかった。

当時レアグルーヴネタはその手のコンピ→UBB以外だとRCAの『Rare』シリーズとかGilles Petersonもジャケがダサイと言ってたストリートサウンズの『Anthems』シリーズとかで集めた。オリジナルのアルバムなんてまだまだ入手困難だったし、ましてや7インチ売ってる店なんて皆無だったんじゃないか。

『Anthems』シリーズはUBBほど知名度はないが、Positive Force「We Got The Funk」、Fatback「I Found Lovin'」など、レアグルーヴというよりその後Kid Capriのミックステープ等で脚光を浴びるダンスクラシックを先取りした選曲が良かった。 Roy Ayers「Running Away」、Instant Funk「I Got My Mind Made Up」といったガラージクラシックもちゃんと押さえてたし。

あと、チャーリーから出てた『Got To Get Your Own』と英ポリドールの『Urban Classics』もあった。特に後者はJackson Sisters「Miracles」、Maceo & The Macs「Cross The Track」、Luther歌唱によるGreg Diamond Bionic Boogie「Hot Butterfly」等が収録された究極の1枚。

Jazzie B(SOUL II SOUL)で思い出したが、俺がスピードガラージという言葉を知ったのは、97?98年頃、雑誌『Groove』に載ってたJazzie Bのインタビューを読んだ時のこと。

その頃スピードガラージのDJだったJazzie Bは「スピードガラージとは?」という質問に「スピードの早いガラージのことさ」と答えてましたwバックナンバー持ってる人は調べてみて!

そんなJazzie Bの元でパシリをしていたのがWookie。彼の代表作「What's Going On」(2000年)は師匠の「Back To Life」(1989年)の改作ですね。ここでレアグルーヴとUKガラージが直結すると。



話は一気に遡って、俺のディスコデビューは大学1年(18歳)の春。洋服屋さんにもらったタダ券で新宿「ツバキハウス」へ行きました。その時たまたまやってのが「London Nite」。その夜ですべてが変わったとは言わないが、俺の行く末を暗示してたのは確か。1981年の出来事です。

でもその頃、他のディスコはどこもサーファーディスコ一色で、もちろんそんなの田舎から出て来た勘違いニューウェイヴ少年の俺には全然面白くないわけで、だからディスコはあんま通わなかった。通ってたらいまごろディスコクラシックのDJになってたかもしんないし、通わなくて良かった。

大学時代はディスコよりライヴハウスに熱心に通った。俺の自慢はハルメンズ、近田春夫&ビブラトーンズ、タンゴヨーロッパのそれぞれ解散ライヴを見てること。しかも全部それと知らずに行ったというwあとは渋谷ラママでゲルニカとEP-4の対バンというスゴいものも見たぞ。

俺がいままで見た中で最高のバンドはEP-4だ。間違いない。ライヴはMiles Davisの『Agartha』ばり。混沌どファンク。ビブラはもの凄いバカテクでエンターテイメント性も高く80年代のスパイダースといった趣き。この2組のライヴからもらったヴァイヴは、いまの俺のDJプレイにもの凄く影響している。

黒いか黒くないか。おもろいかおもろないか。>EP-4とビブラからの影響。

70年代から90年代半ばまでの日本のディスコ/クラブ事情がよく分かる年表がコチラにありました。何故か近田春夫目線ww

大学生時代はディスコにあまり通わなかったと呟いたが、卒業後浜松に戻ってからはわりとよく行くようになって、浜松のクラブシーン幕開け前夜、87?88年頃にはほぼ毎週通っていた。

その頃浜松にはディスコが何軒かあって、「XERXES(クセルクセス)」、「Young Adult」、「Saint-Germain」、あと「Coco Palms」もまだやってたかもしれない。「Maharaja」ができたのもその頃。俺が通いつめたのはクセル。いま静岡でクラブ「JAKATA」をやってるKATSUさんがいたお店ですね。

>「Young Adult」は昨年場所を変えて復活、いまも絶賛営業中です。

>浜松にクラブシーンが立ち上がる前('87年頃)の資料漁ってたら「THE GAP」というソウルバーっぽい店名にぶち当たった。俺も行ったことありそうだけど、詳しく思い出せない。

時代的には完全にユーロビート全盛期なんで、どこのディスコへ行っても基本的にはユーロ一色。Phyllis Nelson「I Like You」とか完全に刷り込まれたなぁ。いまだに頭の中で間奏がループしだすことがある。でもクセルだけはなぜか毎回必ずBeastie Boysがかかったんだよ!

お客さんの中にもDef Jamの黒いTシャツ着た女の子が一人でポツンといたりしてね。だからそういう意味じゃディスコなんだけどクセルはちょっと尖った部分があったかもしれない。その頃、俺は完全にファッション中毒で、MILKの大川ひとみがやってたODOB風(田舎なので)の痛いファッションでクセルに通った。

俺をDJ道に導いてくれた浜松のリアルレジェンドDJ=荒岡くんとはこの頃、「London Nite」の話がキッカケで知り合った。思えば、当時憧れたDJドック・ホリデー(須永辰緒)、ビリー北村、高木完、藤原ヒロシなどはみんな「London Nite」周辺にいた人たちだ。

浜松のクラブシーンを語る上での最重要人物は、いま名前を出した荒岡くんとマメちゃんの2人。浜松で最初のクラブ「Roger」(店名はRoger Troutmanから)のバイト仲間だった2人が共謀してw「City Cafe」にDJブースを設えた時から浜松にシーンらしきものが立ち上がります。

荒岡くんは当時スカ、レゲエ、ダブのDJだったが、「London Nite」通いしてただけあってロックをかけても一流だし、ソウルもラテンもいけた。正直、俺が何をやってもかなわないわけで、ある意味消去法で最後に残ったのがレアグルーヴだったとも言える。残り物でもこれが宝の山だったんだけど。

荒岡くんとは「London Black」というパーティーを一緒にやった。キャロン・ウィラーの『UK Blak』よりうちらのが先ww俺以外にも荒岡くんの相棒だった加藤くん、伊藤くんというロックDJも加わって、お店の看板パーティーだったと思う。このへん都合のいい記憶しか残ってないけどw

>実はこの時のパーティー名を長年失念したままだったが、今年の春久しぶりに荒岡くんと会って判明した。彼との再会も今回の呟きを始めたキッカケのひとつ。

「City Cafe」では「Soul Meeting」という黒人音楽オンリーのパーティーも立ち上げた。その他にもマメちゃんが目をつぶってくれたおかげでなんか好き勝手やった。DJ AsiaやSidなんかも同じ時期から活動していた。シドは当時Public Enemyとかかけてたようなw

>てか、当時Public EnemyをかけないDJなんていなかったんじゃないか。

「City Cafe」のスタッフだったマメ(豆)ちゃんは、その後自ら「Trenchtown Cafe」というクラブを立ち上げた。20世紀が終わる頃に店をたたんで沖縄に移住しましたが、いまもお元気でしょうか。

「City Cafe」のDJたちとは、たまに小遠征に出かけた。静岡にあったクラブで本家とは多分なんの関係もない「Inkstick」とか、豊橋は「Ajito」ってクラブと洋服屋さんのS.martの主催でいまもまだあるライブハウス「Berkeley」にも行った。

レアグルーヴDJ時代は、当時西麻布にあったクラブ「Tools Bar」で働いてた友人から「今日お店で藤原ヒロシがこんな曲かけてましたよ!」とか逐一報告してもらったこともあった。「Cheryl Lynnは『Got To Be Real』じゃなくて『Shake Up Tonight』をかけてましたよ!」とか。

タイニー・パンクスが週プレに連載してたチャートも貴重な情報源だった。初めてハウスを取り上げた時は、BAM BAM「Give It To Me」なんかがチャートに入っていた。日本にハウスがちゃんと紹介されたのはこの頃。つまりSecond Summer Of Love(以下SSOL)運動と一緒に上陸したわけです。

レアグルーヴとSSOLという二つの運動を通過したDJは、俺に限らずUSよりUKへの目配りが大切だと思い知ったはず。なんか知らんがおもろいことはいつもUKからやってくる、みたいな。

Alexander O'NealもPublic Enemyもロンドンライヴがビデオになってるってことは、きっとお客さんの質もUSよりUKの方が高いんだろうなぁ、みたいな幻想。

(つづく)

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