DJ♥ネグリジェのバカサガ PART16

PART16は、いよいよ波乱万丈の2002年に突入。1月に東京で始まった新パーティー「Club BUMP!」への参加、SeXの終了と新パーティー立ち上げ準備、そして師匠の俺を上回るアンタマのガラバカ伝説を中心にリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

時系列で行けば今日は2002年のことを呟く日なんだけど、なかなかその気になれない。なぜなら、俺はこの年UKガラージのDJとして大きな敗北感を味わうことになるからだ。

なので自然と筆も口も重くなる。先に謝っときますが、ものすごく歯切れが悪いと思います。すいません。

2002年のDJ筆下ろしは、1月4日(金)に渋谷「module」で開催された「club BUMP!(以下バンプ)」だった。バンプは今井さんとRikiさんが「Battle」を発展的に解消して新たに立ち上げたパーティーで、俺もレギュラーで参加させてもらうことになった。

たしか、今井さんがこのパーティーの構想をリワインズのBBSに書き込んだんじゃなかったかな。ガラージ素浪人の俺はそれを見て、またしても後先考えず今井さんにメールして武者修行を志願した。

その時、今井さんは「Eμさんならソウルもファンクも知ってるし、ちょうどいいかもしれない」みたいなことを言った。その時は別に気にも止めなかったが、後に俺は今井さんの発言の真意を知る。そして自分の思い上がりを恥じることになるのだ。

moduleはB1Fがラウンジ、B2Fがダンスフロアという作りになっていた。ラウンジでは今井さんとToplessというユニットを組んでいた塚田さん、(サガラ)アキくんがプレイした。そしてフロア担当が今井さん、Rikiさん、TAKUJI aka GEETEKさん、"DOGGY" SACKさんだった。

俺はもちろんUKガラージをプレイするつもりで3つのレコバッグにその手のお皿と東京のクラブで修行できる喜びをパンパンに詰め込んで上京した。例によって鈍行でw

前にもツイった通り、この頃はもう「チャラい」2stepをプレイするガラージDJなど誰一人いなかった。Zinc「138TREK」に由来するトレックもの、「Decoy」インスパイア系のブレイクス、当時はBassyなどと形容された暗黒フォーツーあたりが主流になっていた。

それらのドープな音源をmoduleのあの潜水艦に閉じ込められたようなフロアで爆音で聴くとこれがまだ最高だった。UKガラージこそ最強のアンダーグラウンドダンスミュージック!そんな気分に酔いしれた。俺は武者修行を志願して正解だと思った。俺一人だけは。

ドラムンDJのTAKUJI aka GEETEKさんもバンプではUKガラージをプレイした。ある時、ブレイクス系のトラックにDonna Summerの「I Feel Love」を長時間ブレンドしてプレイしたのにはえびぞった。日本一スキルの高いガラージDJだと思った。

今井さんはB1のラウンジでもよくプレイした。Keith Sweat & Jacci McGhee「Make It Last Forever (Extended Ver.)」がかかった時には、今井さん何で俺のテーマ曲を知ってるの?って感じだったw

ある時はクロージングにGato Barbieri「Last Tango in Paris」が流れたこともあった。今井さんのかける曲は、UKガラージ以外でも俺のど真ん中だった。

>俺はベタですがピアソラです。ピアソラ知ったのはGrace Jonesが「Libertango」カヴァーしてたから。 RT @zookie_xlntz: 俺はガトーの『Chapter One』からアルゼンチン物への興味が。

さて、ここまでの流れを読めば、もうお気づきだろう。今井さんが俺に期待したのは、おそらくラウンジでのこういうプレイではなかったか。恥ずかしながら、俺はバンプでの修行中、遂にそのことに気づくことができなかった。

なにしろその頃の俺は完全なUKガラージバカだ。バラードをかけようにも、ソウルのお皿はとっくに売り払い、その金をすべてUKガラージの新譜に注ぎ込んでいた。そんな俺を見て、今井さんもRikiさんもラウンジでプレイしてくれとは言い出せなかったのだろう。

クルーだけではない。UKガラージに入れ込むあまり、俺はお客さんの心も読めなくなっていたようだ。バンプでは俺は暗黒フォーツー担当と勝手に決め込み、Sirus、Menta、DJ Narrowsあたりの凶悪トラックばかりをプレイしていた。

ある時、パーティーが跳ねてクルーやお客さん(eraguruさんもいたw)たちとファミレスでまた?りした帰りだったか、お客さんの一人に「いまのEμさんのプレイは聴いてて疲れる。前みたいに弾けてよ!」みたいなことを冗談めかして言われた。全然修行が足りてなかった。

バンプは毎月1回のペースで半年間続き、2002年6月に幕を閉じた。修行中の分際で生意気だが、少しでもシーンの活性化に役立ちたいという俺の願いは結局果たせなかった。前年の「ARK」の件も含め、今井さんRikiさんには本当に申し訳なかったという気持ちが今でもある。

2002年には俺のホームであるSeXも幕を閉じた。よりによってフライヤーがないwたしか2月だったと思う。正直、どういう流れで終わることになったか覚えていない。前年12月のパーティーで念願だった動員100人超を達成し、クルー全員にやり切った感があったのだろう。

>これは完全な記憶違い。アンタマがブログにアップしたフライヤーによって、SeXファイナルは1月18日(金)だったことが判明した。

もちろんセコンドの開店も無縁ではない。HuckaさんはOKI-CHUと「Champion Sound(以下チャンサ)」というパーティーを立ち上げ、Kooketsuもこれに合流した。アンタマも最初から参加したんだっけ?SeXクルーのAKIも当時セコンドの店長だったグッさんと何か始めたがったいた。

とにかくまぁそんな流れもあって、SeXのファイナルはJIN、AKI、俺のオリメン3人だけでやらせてもらうことにした。etaguruさん、AGOくん、そしてたしかズッキーさんもSeXのお葬式に参列するため、はるばる駆けつけてくれた記憶がある。

ここではもう、さすがに俺も暗黒フォーツーなどいっさいプレイしなかった。Shora AmaからSweet Female Attitude、そしてもちろんLonyoまで「チャラい」2stepの大盤振る舞い、思い出シットの大メドレーだった。

SeXは終了したものの、俺のUKガラージ熱は一向に冷める気配がなかったので、次のガラージパーティーを準備することにした。セコンドでは既に不定期ながら「花札」というパーティーが決まっていたし、プラネットカフェではそれとは違う主旨のものを立ち上げようと思った。

ここはもう森さんに頼むしかない。東京、いや日本を代表するDJが浜松でレギュラーパーティーを持つ。それってもしかしてスゴくね?後先を考えない俺の悪い癖がまた出た。とりあえず森さんとお店は賛同してくれたが問題は経費だ。スポンサー探しが始まった。

とあるバーのマスターがクラブに興味があるというスポンサーさんを紹介してくれた。名前は控えるが誰もが知ってお世話にもなっている大企業だ。この時も企画書を持っていったっけ。でもミックスCDは作ってない。森さんのCDを渡せば良かったからだ。

意外とすんなりスポンサーも決まり、パーティー名も森さんとあれこれ考えた末に「DJ ajapai in Aphrodite!(以下アフロディテ)」に落ち着いた。前にツイった静岡のFM局K-MIXのYディレクターもいろいろ協力してくれることになった。

>パーティー名の由来は、UKガラージの聖地アヤナパがあるキプロス島に縁の深いギリシャ神話の女神から。

セコンドで平日パーティー「ガラゼミ」を立ち上げたのも同じ頃(2002年2月)だと思う。名前はガラージゼミナールを略したものだが、ある時AGOくんは浜松で「クラゼミ」という学習塾の看板を見て、元ネタはアレに違いないと思ったそうだ。てか、ゼミって普通に使うよねぇw

アンタマのDJデビューはチャンサでなきゃガラゼミだろう。違ってたら返信くれ。ガラゼミにはOSUGEEEも参加した。HuckaさんKooketsuもいたから、今度こそ浜松のUKガラージDJが一堂に会したことになる。その後、アンタマは(本人曰くガラゼミのため)浜松に移住しKooketsuと一緒に暮らした。

バンプ、花札、アフロディテ、ガラゼミ。2002年、しばらくの間だが俺は東京と浜松で4つのパーティーを掛け持ちしていたことになる。すべてUKガラージのパーティー。明らかにやりすぎだ。破綻は目に見えていた。

アンタマもガラバカ伝説には事欠かないDJだ。ヤツが呟いたら俺の100倍面白いだろう。最近知ったネタだが、ヤツは新車のゴルフを売り、それでも足りずに大切な貯金にも手を付け、とにかく全財産をUKガラージのお皿に注ぎ込んだそうだ。UKガラージなんかにw

あくまで本人曰くだが「ガラゼミのために」浜松に移住する時には、当然それまで静岡で働いていた会社を辞めて来たわけだ。俺以上に後先を考えないヤツが一人いる!

冬の寒空の下、ガラゼミのフライヤー(コピーだけど)をさらにコピーして浜松駅前で手配りしたこともあったそうだ。そのへんの道を歩いてるサラリーマンやOLさんがUKガラージなんかのパーティーに来るわけないのに。でもやるんだよ!

俺もタブーの頃、SHIMAKGEと二人でプラネッットの隣のビルの「にんにく屋」って居酒屋に行って、コンパしてるグループを勧誘したことがある。これからカラオケ行って、B'zかなんかの歌で落して、お持ち帰りするに決まってるのに。でもやるんだよ!

高級OLが集まるパーティーがあると聞くと、今度はタブーが誇るイケメンDJのARCHを誘って会場に乗り込んだ。そこにいる女子全員をARCHにメロメロにさせる作戦だ。奏功してもARCHがおいしいだけかもしれないのに。でもやらずにはいれないんだよ!

近頃じゃ、そういう要領も効率も悪い与太郎の話を聞かないな。もしいまクラブがつまんなく感じる人がいるとしたら、それはその人が行くパーティーにアンタマのようなバカDJがいないせいだろう。

DJってのはそうやって貯金削って、身を削って、魂も削ってお客さんを踊らせてるんだよ。音源も買わずに服ばっか買ってるヤツのパーティーなんか行くんじゃねぇぞ。違法サイトでタダでMP3拾ってるヤツがブースに入ることは俺が許さない。

2002年、全国のパーティー事情はどうだったか?2月には大津MOVEで「Steppers Delight vol.3」が地元クルーだけで行われている。1年かけて3回目と歩みはゆっくりだが、着実に継続されている。オーガナイザーのTANNY-D氏の実直さが伝わってくる。

3月には大阪で「Jumpin'Jumpin' vol.5」があった。Dさんはこっちで忙しかったのかもしれないwこの時のゲストはズッキーさん。MCでAGOくんも駆けつけたようだ。てか、彼の場合はもうジャンジャンのレギュラーですか。浜松でもほぼレギュラー扱いだったし。

資料がないけど、2月には名古屋でも「GARAGEEE」があったはず。行った覚えがある。出し物が何だったかは覚えてないが、マウちゃんナオちゃんをはじめとする名古屋ガラージガールズと戯れた記憶だけはほのかに残っているw

まだまだ全国でUKガラージの火は燃えていた。少なくともDJたちの情熱は衰えていなかったはずだ。ただ、現場でプレイされる音楽の質感は明らかに1年前と違っていた。一言で言えば、重く深く暗い音だった。三言だけど。

(つづく)

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