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DJ♥ネグリジェのバカサガ PART24

PART24は、店主が退院後駆り立てられるようにベースパーティーの開催に奔走した2007年夏をリワインドします。

※記載事項に間違いがありましたらどしどしご指摘ください。

2007年1月、俺はなんとか1度目の退院を果たす。難病だからそう簡単に完治するはずもないのだが、病院としては必要な治療を施し患者の容態が安定したら病室のベッドを空けるのがルーチンなのだ。

退院してすぐに俺は自分が病人のまま社会に放り出されたことを思い知る。ほんの数百メートル歩いただけで嘔吐する、椅子から立ち上がっただけで激しい目眩に襲われる。俺は1日の大半を自宅で寝て過ごした。点滴を打ってないだけで病院にいるのと同じだった。

ひとつだけ違うのは自宅にMacがあったことだ。ネットを通じて外の世界とコンタクトが取れた。俺はiTunesで少しずつベース音源を集め始めた。SwitchやSindenなどのフィジェットハウスが大量に出回り始めていた。

2007年の春先に入退院を繰り返し、結局いまのところ最後の退院となったのが4月の半ばだった。またいつ入院するかも分からない。俺は急いで逆チャリティーパーティーの準備に取りかかった。

セコンドのケンサク店長と相談して7月上旬の日曜日を押さえた。ケンサクからはDJも紹介された。俺も昔から知っているSHINGO-IDだ。SHINGOはテクノのDJだが、この頃にはゲットーテックやボルチモアもプレイしていた。浜松は彼と俺でいこうと決めた。

eraguruさんとAGOくんにも出演を取り付けた。静岡はアンタマとアンタマの推薦で隼人6号、ブギースワンプに決まった。

ブギーさんとはそれ以前にアンタマの紹介で会っていた。ヲタとしては意気投合したがDJに関しては未知数だった。この時ミックスCDでもいいからちゃんと聴いておくべきだったw

静岡と浜松のメンバー全員でミーティングもした。俺は体はともかく心だけはノリノリだった。だが、セコンドの楠木社長からストップがかかった。何やってんだ、お前死ぬぞと。

賢明な判断だった。もう一つ注文が来た。復帰するなら、チャリティーパーティーを何度もサポートしてくれた俺にとってホームの「CATCHY!」と古巣の「フェロモンナイト」でまずやるべきじゃないかと。これも真っ当な正論だった。

俺は再入院の不安を抱きながらも全面的に社長の指示に従った。8月の「CATCHY!」と「フェロモンナイト」で現場復帰を宣言し、逆チャリティーパーティーの開催は9月に延期することにした。

復帰後初のパーティーでなくなったことで逆チャリティーの印象は薄まったが、その分ベースのパーティーであることを前面に打ち出そうと考えた。パーティー名は「出動!ベース警察」。入院中からこれで行こうと決めていた。フライヤーはAGOくんにお願いした。

現場復帰の一発目は2007年8月9日(木)の「フェロモンナイト」だった。二発目が8月18日(土)の「CATCHY!4周年」。俺はどちらも冒頭にプレイしただけで途中退場させてもらったが、大勢のお客さんとDJたちが復帰を祝ってくれた。生きて還って良かった!

「出動!ベース警察」の開催は9月9日(日)。偶然だが外に救急(99)車を待たせてもやる!みたいな。約束通り入場無料にしたが、先に俺が現場復帰を果たしていたせいもあってか集客は寂しかった。遠くから集まってくれたDJたちには悪いことをした。

この夜で覚えてるのは皆で「むつぎく」で浜松餃子を食ったことだな。名古屋めしが舌に染み付いてるAGOくんは味が薄いと言ってた。でも、いま思えばパーティーでもスゴいことが行われてたと思う。ドリーム兄弟の復活?それもあるが、もっとクラブ音楽史上に残るような実験が。

この夜、DJたちがプレイした音源は、アンタマがバイレファンキ、ブギーさんがボルチモア、隼人くんがダブステップ、俺がフィジェットハウス、eraguruさんがベースラインハウスとダブステップ、そしてSHINGOがゲットーテック。AGOくんはMCのみでの参加だった。

つまり俺の中の2つのベースがこの夜同じパーティーの中でごっちゃに混ざり合ったのである。ちなみにフィジェットハウスは俺の中ではゲットーベース寄りに位置づけられていた。実際DiploはSwitchとかプレイしてたしね。

>この時点(2007年夏)でDiploとSwitchはM.I.A.の2nd『Kala』で再び顔を合わせていたし、後のMajor Lazer結成に繋がる共闘体制を築いていたのかもしれない。

俺目線で言うなら、新しい恋人(ゲットーベース)と昔恋して棄てた女(UKガラージ)の2人の娘(ダブステとベースライン)がクラブで鉢合わせになったようなものだ。パーティーの最後、SHINGOがUKガラージクラシックのAzzido Da Bass「Dooms Night(Timo Maas Remix)」をプレイしたのも意味深だった。

ベース警察はなんとか完走したものの、俺はまだまだ万全の体調にはほど遠いことを痛感した。結局俺が本格復帰を果たすのは、それからさらに9ヶ月後の2008年6月のことだった。

今日はちょうどいいキリがついたね。後は馴れ合いのボーナストラックなどなど。ベース警察で驚いたのは何と言ってもブギーさんの"つながらないミックス"だね。その前に静岡でやった「アイドル☆アパッチ」でもたまげたけど、この夜はひとしおだった。後で本人と推薦したアンタマにも説教したっけ。

でも間違っていたのは俺の方だった。2009年10月に静岡のクラブ「Sonar」であった「配線端」というライヴイヴェントでブギーさんのプレイを聴いた時、あの"絶対的なつながらなさ"は誰にも真似できないブギーさんの個性だし武器なんだと思った。参りました!

ベース警察の後、実は第2弾の「剛力!ベース大相撲」というパーティーを静岡でやろうとアンタマと画策した。だが、俺の本格復帰が遅れたりアンタマ夫妻にベイビーが誕生したりで実現しなかった。シリーズ化してたら日本のベースシーンが変わったかもしれないw

さっきもちょろっと出たが、実は俺の現場復帰は2007年7月29日(日)に静岡「Sonar」で開催された「アイドル☆アパッチ」というパーティーで密かに実現していた。昼の部に限っての話だが。

UKガラージとはまったく関係ないので詳細は省くが、このパーティーのDJはスピードタモリ、アンタマ、ブギースワンプ、俺の4人、この後12月に2回目を開催して自然消滅した。ヲタDJは楽しいがやりすぎるとこっち側に戻ってこれない気がした。

(つづく)

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